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第10回
国松 孝次

治安雑感

2010年05月07日

2010年1月26日の読売新聞の朝刊に、「殺人事件 戦後最少に」と題する興味深い記事が出ていた。09年1年間に全国の警察が把握した殺人事件(未遂 も含む)は1097件で前年を200件も下回り、戦後最少となり、最も多かった1954年(昭和29年)と比べると3分の1の水準になったというのであ る。日本の新聞は、犯罪が増えると大きく報道するが、減ったことはあまり書かない。この記事は、まことに歓迎すべき傾向をきちんと書いていて貴重である。

治安を推し量る指標には、いろいろなものがあり、犯罪統計の数値以外でも、失業率や自殺率などの数値も参考になるが、私は、なかでも殺人事件の認知件数を最も基幹的指標と考え、その推移を重視してきた。

何といっても、殺人事件は、生命という人間にとって根源的な価値を害する犯罪である。その発現状況は、人心の不安に直結し、治安のコアの部分を如実に反映する。

また、犯罪の中には、暗数が多く、統計数字が実態を示さないことがあるが、殺人事件の場合は、あまり暗数のことは気にしなくていい。

さらに、何が犯罪かは、国によって異なり、犯罪をあまり広範に捉えると、国際比較が難しくなるが、殺人であれば、それを犯罪としない国はなく、統計の取 り方も、あまり差はないので、殺人事件の認知状況をもって治安の国際比較をするのが、一番手っ取り早いし、確実である。

この点、刑法犯全体の認知件数は、刑法犯が雑多な犯罪の集積であるだけに、その数字の推移が、そのまま、治安の状況を示すわけではない。刑法犯の認知総 数が端的に治安の状況を表すというのなら、それがおおむね150万件以下で推移していた戦後間もない時期のほうが、200万件を突破した平成10年代よ り、治安が良かったということになる。

しかし、それは、人々の実感と異なるだろう。

殺人事件の認知件数の推移は、明らかに、刑法犯認知件数のそれとは異なる動きを示している。殺人事件は、終戦後から昭和30年代の初頭まで、昭和29年 の3081件をピークにして、おおむね2600件から3000件台という高水準で推移した後、緩やかな、しかし確実な減少傾向を示してきた。この推移は、 戦後の混乱期から、まだ日本の統治体制もしっかりしていなかった昭和30年代初頭の時期にかけて、人心未だ定まらず、治安も不安定な状況が続いた後、日米 安全保障条約の締結とそれに引き続く高度経済成長期を経て、バブルの崩壊に伴う社会的委縮現象を見たものの、総体としては、安定化の方向をたどってきた日 本社会の治安の状況をよく示していると思う。

平成14年、刑法犯の認知件数が、280万件を突破するという異常な増加を示し、治安の悪化が取りざたされたことがあったが、殺人事件の認知件数を見る と、ちょっと増えた程度で、比較的安定していたので、私は、治安のコアの部分はしっかりしていると思い、それほど、心配していなかった。

こう書くと、世をあげて「体感治安」の悪化が唱えられている中で、能天気な話だと思われるかもしれない。私も、殺人事件の認知状況が安定していれば、全 てよしと言うつもりはない。当然のことながら、治安対策は、様々な治安指標を総合的に判断して的確に手を打っていくべきものである。

例えば、平成14年当時のことについても、まるでバケツの底が抜けたような刑法犯罪の急増ぶりに手を拱いていていいわけはなく、事実、日本警察は、急増 の中身を分析して、ひったくりや車上狙いなどの、いわゆる街頭犯罪の増加に原因があることをつきとめ、全国警察をあげて、街頭犯罪抑止対策を展開し、全体 のトレンドの良化に成功した。そうした対応は機敏にとる必要がある。

また、殺人事件についても、冒頭の読売記事が指摘しているとおり、島根県立大女学生殺人事件のような、世間の耳目をしょう動する重大特異な事件が未解決 のままだと、国民の不安は高まる一方なので、警察は、そうした肝心要の事件は必ず検挙していく力を持たなければならない。殺人事件の検挙率の水準の高さを 誇っていてもはじまらない。

ただ、私が言いたいのは、日本の殺人事件の認知件数の推移に即して治安の実態を見れば、日本の治安のコアの部分はしっかりしており、いろいろな治安対策 は、そのことをよく認識した上で講じていくのが一番正鵠をえたものになるのではないかということである。

話は違うのだけれども、最近の日本経済のスランプは、多くメンタルな側面があり、自信喪失的な日本の対応が、事態をより悪くしているという指摘がある。 治安問題も、また然りである。体感治安の悪化は軽視してはいけないが、そんじょそこらの本当に治安の悪い国と同列に日本を扱うことからは、建設的な治安対 策は出てこない。社会の連帯意識の希薄化も規範意識の低下も、ある程度は事実なのだろうが、日本社会の治安基盤はまだまだしっかりしているという自信は持 ちたいものである。

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