みんなで守ろう!地域の安全

文字サイズ:

ぼうはん日本

全国読売防犯協力会
〒100-8055 東京都千代田区大手町1-7-1
TEL.03-3216-9024 FAX.03-3216-7113

「老い」に「オイっ」と呼ばれた・・・

2016年03月
販売企画調査部  佐藤大吉

 

■寒さ、暑さが身に堪える

また一つ、年齢(とし)をとってしまいました。筆者は今年55歳。昔なら定年です。新入社員だった頃、定年を控えた先輩を見て「くたびれてるなぁ~」なんて思っていましたが、まさか自分がその年齢に辿り着くことなど思いもよりませんでした。

筆者の自覚症状を申し上げると、40歳を過ぎて前日の疲れが残るようになり、さらに50歳を過ぎてからは体力の衰えを年々感じるようになりました。私生活では行動を起すことが段々と億劫になり、いまでは面倒臭くなってきたというところです。

 

■ゴールが見えない

しかしながら、幸いなことに仕事上ではそうしたことはありません。ただ、老後の人生に一歩を踏み出した筆者は定年を迎えたら、その後の人生、どのように生きていこうか――と、漠然とした不安に駆られています。万人に等しくゴール地点が決まっていれば、そこに目標を作ることは容易いことでしょう。個々人によってそのゴール地点は同じところにはありません。また、生きてきた中身の濃淡によっても、ゴール地点は変わってくることでしょう。

 

■夢まぼろしの如くなり

若年時は、文武ともに秀でた子どもでした(自分で言うのはおかしいですよね)。小中の運動会では「●●屋の息子が走る」と、商店主たちが見物にやってきたほどでした。何もかもうまくいく――。そんな感じでした。

「人間50年 下天のうちを比ぶれば 夢まぼろしの如くなり ひとたび生を享け 滅せぬ者のあるべきか」――。敦盛のこの一節を織田信長が舞うシーンをテレビでたびたび見ますよね。筆者は織田信長のように、「世の中の価値観を変えてやる!」――。そう思って入社したのですが、気が付いたら小さな集団のトップにしかなっていません。「末は博士か大臣かといわれたのになあ」。「おかしいなあ(笑)」。

この生きてきた50余年、さして大したこともできませんでした。

まさに筆者の人生は、小さな革命一つさえ成し遂げることもできず、特に誇れること、誇れるものもなく、この先どうやって進むべき道を見出そうか――って感じです。

夕陽が沈み、暗くなり始めた道をトボトボと歩いている自身の姿が目に浮かびます。これから5年ほどの時間をかけ、一日一日、老い先を見やりながら、どんな幕引きをしようか考えていこうと思います。

 

■神のみぞ知る

人生、「太く短く」が美しいとされた時代もあったようですが、「細く長く」から「太く長く」へと変わってきました。

さて、筆者はどのような幕引きをしようかと考えていると前述しました。でも、まったく無駄な思考ですよね。だって、終焉は「神のみぞ知る」ですから――(笑)。

 

■周回遅れはホントに苦しい

何を求めて、私たちはマラソンや駅伝を観るのでしょう。

箱根駅伝などは朝の7時から始まるテレビ放送を、往路は芦ノ湖のゴールまで、復路は大手町のゴールまで、気が付けば5時間以上もテレビの前に釘付けになっています。

筆者は学生時代、短距離走が得意でした。反面、長距離走は大の苦手。野球部の練習スケジュールで長距離を走ることになっている日は、走る前から腹が痛くなったものです。

どうして嫌なのか。グランドの周回を重ねるうちに両腕が重くなり、肩から腕が抜け落ちてしまいそうな感覚に陥る。それが大嫌いでした。校外マラソンだと前を行く仲間の姿が見えなくなっても、風景を眺めながら走ることで気分転換ができ、まだ我慢できるのですが、グランドでは筆者の目の中に常に野球部の仲間の姿が映るため、気持ちに焦りが出てきます。「追いつかねば」――。その心のささやきと身体の動きが同調せず、筆者を苦しめました。

 

■激太り

筆者は約30年近く、体重85キロ前後を行ったり来たりしています。野球をやっていた頃と比較すると30キロも太りました。それも1年かからずに30キロも太ったのです。若いうちは心肺機能も良かったので、いわゆる肥満体でも何ら問題はありませんでした。階段を駆け上がったり、歩くことも好きだったので、天気のいい日には片道5キロほどの通勤距離を歩いていました。それが約6年前、急性心筋梗塞に倒れてからというもの、急性肺炎に始まり、多くの病気に罹患して入退院を繰り返しました。その結果、食事制限を求められ、一方では運動制限も求められることから、体重については大きな変動もなく今日まで過ごしています。

 

■心肺機能の衰え

心肺機能の衰えのスピードは瞬く間でした。心臓への負荷を考慮しながら、休日にはウォーキングをしたり、平日には徒歩を片道40分間組み入れて通勤をしていますが、息切れ、疲労感がどうしても残ります。健康な頃と比較すると、その疲れ方は3倍増といったところでしょうか。急激な温度差のある季節の一日は、たいてい体調が優れません。ランニングするわけにもいきません。いえ、最早走る体力さえ残っていないでしょう。

 

■身体の老朽化が始まる

医師の許可が出て、ゴルフを再開しました。ラウンド中はなるべく歩くようにしています。特に寒い日は歩くことを心掛けています。理由は、身体を温め血流を良くするためです。歩くことで、少しでも血圧差を広げないようにすることが心臓への負担を軽減することにつながります。ですが、最近、太り過ぎもあって膝が痛むようになりました。医師に言わせれば、関節の老朽化だそうです。

 

■老いへの抵抗を試みる

膝の痛みは関節の老朽化が原因――。いわゆる「老い」の始まりです。「老い」に「オイっ」て、とうとう声を掛けられたようです。他人と比べて、少しばかり故障の始まりが早いようです。

この30年、仕事ではアクセル全開で走って来ました。上司からも期待を寄せられ、その期待にも十分に応えてきました。でも、出世レースでは40歳半ば過ぎからペースが急激に落ち、気が付けば最後尾を歩くように走っているような状況です。

それでも、サラリーマン生活のゴール、定年が筆者にも見えてきました。大嫌いな長距離走を棄権することなく、筆者は何とか定年というゴールに向かっています。

「老いっ! オイっ! ゴールが遠くなってもいいから、もう少し長い距離走らせてくれ!」。

筆者は「老い」に少しばかりの抵抗を試み始めました。

戻る