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仏壇と階段

2011年01月
読売防犯協力会 参与 髙嶋光生

警察社会にいると民間では理解しにくいことがいくつかあります。昭和60年ごろの話ですから今から25年も前の話です。私は福岡県の筑豊のある署に配属されていましたが、そこの署の署長さんの話が特に面白く、今でもそのときの光景が目に浮かびます。

当時、署長が署員の前で話す機会は、定例の月初めの「定期会」での訓示、耐暑訓練や耐寒訓練の初め式、納会での訓示、年末年始特別警戒活動の出動式、年の初めの御用初め、年末の御用納めなどでした。

今から話す「仏壇と階段」は、そういったときに署員の前で訓示されたものではなく、毎週、月曜日に実施されていた「幹部会」での話です。現在のように警視の「管理官」制度はなく、警部課長と副署長(警視)、署長(警視)で構成されており、総勢10名足らずのメンバーだったと思います。当然、会議は署長室で限られたメンバーだけで行われ、署の方針などが検討されていました。私は当時、警務係長(警部補)という立場にいて、会議録を付けるために会議に参加させられていました。

会議の終わりごろに署長は警察の「階級」というものについて話を始めました。要旨は「警察社会にとって如何に階級が大事であるのか。尊ばれるものなのか」 ということで、その例えとして「仏壇と階段」という話が出てきました。「仏壇」は崇(あが)め、奉(たてまつ)られるが、「階段」は踏みつけられるものだというのです。日本人の宗教観からして、当時は「仏壇」は大切にされるものというのが大方の見方でした。それに比べて「階段」は踏みつけられるものという風に署長は捉えていました。だから、君たちの部下を、少しでも勉強させて、昇任試験に合格させ、ひとつでも上の階級に上げなければならないというものでした。

警察は階級社会でピラミット型の組織体制です。当時は仕事の進め方も今のようにボトムアップを重きにしてはおらず、トップダウンが常だったと思います。県警採用の者は、巡査で拝命し、巡査部長、警部補、警部、警視(警視正以上は地方警務官といわれ国家公務員)というように各階級の昇任試験に合格しなければ階級は上がりません。

巡査部長の試験に限って言えば合格するためには、通常の勤務は人一倍努力し、家に帰っても憲法、行政法、刑法、刑事訴訟法などの基本法学と刑事、交通、防 犯などの実務を勉強し、まず、ショート・アンサーでの一次試験に合格しなければなりません。これに合格すると論文の二次試験が待っています。午前中が基本法学、午後が警察実務を受けます。二次試験の点数が、次の第三次試験につながりますので、ここで如何に多くの点をとるかが大切です。二次試験に合格すると点検教練、けん銃操法、逮捕術と面接などの三次試験があります。体力や人間性も当然に問われます。これに合格すると晴れて初級幹部といわれる巡査部長になるため、管区学校の初級幹部課程に入校することになります。

警察官は、仕事の他に各級昇任試験と昇任のための学校教育を受けなければなりません。今となって考えればあの署長も、努力し、昇任試験という階段を登ってこられたのだと思います。そしてリーダーとしての、「知」「情」「意」があり、そのバランスがとれた人物だったと思います。

あれから、四半世紀が過ぎた現代において、ものの考え方の変化を感じる出来事がありました。現職(警察官)のとき、交番所に遺骨の入った骨壷が拾得物として納骨堂を管理する関係者から届けられました。拾得者に聞くと納骨堂の前に置いてあったということです。故意に骨壷を置いて行ったとしか考えられませんで した。骨壷に名前でも書いてあれば手がかりになりますが、名前は無く誰が置いたのかわからず、結局、拾得物として本署会計課に引き継ぎました。遺族がどんな気持ちで納骨堂に遺骨を置いたかはわかりませんが、これが「現実の世相かな」と感じました。仏壇と遺骨は同じようにみることはできないでしょうが、死者の霊に対する「畏敬の念」ということでは同じように思います。

さて、階段についてもう少し書いてみますと、隣の熊本県の美里町には、「3,333段」の階段があります。私も十数年前の春に登ったことがあります。当時は、日本一の階段ということで多くの人が登ったのではないかと思います。私も汗をかきながら1時間ぐらいで登ったように記憶しています。階段は確かに踏みつけられることには間違いありませんが、階段があったほうが山は登りやすいと思います。階段は人生によく例えられますが、「一段一段登る」ということの大切さを教えてくれます。

仏壇と階段について、十人十色の考え方があると思います。その時の時代背景によっても違うでしょう。

私も今は、警察社会を離れ、静かに朝に夕に先祖供養のため、「南無・・・」と仏壇に手を合わせ、今は無き両親のことを考える時間的余裕が出てきました。「人生には、山あり谷あり」そんな気持ちになるのは私だけでしょうか。

今日も寒い中、朝早くから階段を駆け上がって新聞配達をしてくれる人の足音が聞こえるようです。

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